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出産前にどうか知っていてほしい。母から子への菌リレーのこと。

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2024.02.20

出産の現場に医療が介入すればするほど、お産は安全になった。
でも、メリットばかりなのだろうか?
私たちが見落としていることはないのか?

今日は、出産を予定している人たち、その周りの人たち、産婦人科の人たちにぜひ知っていただきたいことを書きます。


今回も長文。

今日は「私って細菌をリレーするために存在しているのかもしれない」と思わせてくれた、出産と菌たちのお話。

目次

  1. ヒトのかくも完璧な細菌リレー
  2. 赤ちゃんが受け取るもう1セットの菌たち
  3. 健やかな出産と育児は菌だらけ?
  4. 帝王切開と自然分娩をマイクロバイオームの視点で考える
  5. 早産で生まれた赤ちゃんのマイクロバイオーム
  6. 出産の現場に登場する抗生物質
  7. 母親のマイクロバイオームに含まれる細菌以外のメンバーたち
  8. 参考文献リスト

・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
・用語解説はこちら(随時更新)
・主要記事マップはこちら(随時更新)

ヒトのかくも完璧な細菌リレー

私たちの体は、37兆という膨大な数の細胞が集まってできている。
そしてそれと同じ、もしくはそれ以上の数の細菌や、彼らを含むマイクロバイオームとともに生きている。

菌たちはどこからやってきたのだろう?
卵子と精子が出会った瞬間? それはたぶんちょっと早すぎる。
今のところ、子宮で羊水が破裂するまではほぼ無菌状態なのではないかという見方が強い。赤ちゃんは、まさに生まれる瞬間に母親から細菌を受け取るのだ。
その一連の流れと、その流れの持つ意味を考えてみたい。

まず、正産期に入って出産準備がばっちり整ったと判断すると、母親の体は出産に関連するホルモンを出し始める。
陣痛がはじまり、破水する(陣痛より先に破水する場合もある)。

出産にかかる時間はまちまちだが、赤ちゃんは確実に子宮から膣の出口へ向けて少しずつ降りてくる。
普段はぴっちり閉まっている子宮の入り口が赤ちゃんが通れるほどに大きく開く過程は、言葉では言い表せないくらいのすさまじい痛みを伴う。(が、出産中はそれどころではなく、産後はさらにそれをしんみり思い出すどころではなくなるという)

産道を少しずつ通過していくとき、赤ちゃんはお母さんより前にお母さんの膣内細菌たちに出会う。母親の膣には、妊娠中に「赤ちゃん向け」にカスタマイズされた菌たちが待ち構えている。

その多くは乳酸菌であり、この種類の菌たちは乳酸や抗生物質をつくりだし、他の菌たちが悪さをしないようにしっかり見張る役割を果たす。
乳酸菌は妊娠前から膣の主要メンバーだが、このときはふだん腸に棲んでいる菌たちの一部も膣に移動している。小腸にいて胆汁を分解する酵素を出すラクトバチルス・ジョンソニイという細菌がその好例だ。
赤ちゃんは口を通して乳酸菌たちを自分の消化管に取り込みながら、出口を目指していく。

なぜ膣には乳酸菌が多いのだろう?
その答えは、赤ちゃんが生後どのように栄養を摂取するかを考えれば合点がいく。そう、赤ちゃんは生後半年ものあいだ母乳またはミルクで育つ。母乳の約7%が糖質で、そのほとんどが乳糖として存在する。粉ミルクも同様に作られている場合が多い。
(参考:和光堂レーベンスミルク はいはい|商品紹介|離乳食、粉ミルク、ベビーフードの和光堂

生まれたばかりの赤ちゃんは、ラクターゼという酵素の活性が高く、乳糖(ラクトース)をグルコースとガラクトースという消化しやすい形の糖に変えることができる。牛乳でお腹を壊す人が多いのは、大人になるとこの酵素の活性が低下するためだ。

赤ちゃんの小腸で消化しきれない乳糖を待ち受けるのが、乳酸菌だ。
へその緒から受け取っていた栄養の代わりに母乳を飲むようになる赤ちゃんのために、その栄養を余すところなく吸収できるようにお母さんが手渡す置き土産が乳酸菌たちなのだ。

赤ちゃんが受け取るもう1セットの菌たち

実は、赤ちゃんが受け取るのは膣の細菌だけではない。

生まれる瞬間、赤ちゃんは母親の背中側に顔を向けて出てくる。
膣のすぐ後ろに肛門が位置しているのは、偶然なのだろうか?
進化生物学の博士号を取り、サイエンスライターとして活躍するアランナ・コリンは著書の中でこう述べている。

子宮収縮ホルモンの作用と降りてくる胎児の圧力を受けて、陣痛中や出産時にほとんどの女性は排便する。赤ん坊は顔を母親のお尻の側に向けて頭から先に出てくる。そして母親がつぎの陣痛に備えて体を休めているあいだ、赤ん坊の頭と口はうってつけの位置に来る。あなたは本能的に顔をしかめるかもしれないが、これは幸先のいいスタートだ。母から子への最初の贈り物、糞便と膣の微生物が無事に届けられることになるのだから。
これは進化的に「適応した」誕生だ。肛門が膣口のすぐそばにあるのも、子宮収縮ホルモンが直腸を刺激して排便を促すのも、別段悪いことではない。自然選択は、それが赤ん坊の役に立つから選んだのだろう。少なくとも害にはならないから排除しなかった。
あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた』P300

無我夢中で出産する女性たちは、自分の股が裂けていることにも気づかない。当然、排便をした感覚などない。便はすぐにスタッフの手で処理されるし、排便したことをからかう人もいない。

しかし、出産前に浣腸処理をする産院は少なくない。妊婦が恥ずかしくないようにという配慮として、赤ちゃんが受け取るはずの腸内細菌たちが赤ちゃんが出てくるよりも先に出てきてしまう。
ここまで読んでくださった読者のみなさんなら、「そんなもったいないことを」と思ってもらえるだろうか。

健やかな出産と育児は菌だらけ?

赤ちゃんのマイクロバイオームの住まいはもちろん消化管だけではない。

皮膚にはじまり生殖器、呼吸器、わずかではあるが血液中に至るまで文字通り微生物たちが覆っていく。彼らは目に見えない。でもたしかにそこにいるのだ。母親から赤ちゃんへの菌のリレーを科学的に検証した論文(1)もどんどん出てきている。
生まれたあとも、赤ちゃんは家族の手や口、ベッドの手すりやお風呂の水などから、どんどんルームメイトを見つけていく。

公衆衛生の概念が人々のあいだに広まって以降、殺菌・消毒は「すればするほどいい」という考えを持つ人も多い。
実際、パンデミック以降はどこにでも当たり前にアルコール消毒のスプレーが置かれるようになった。

出産の現場では医療スタッフが入念に消毒を行い、生まれた赤ちゃんは写真映えがするようにすぐにきれいに拭き取られる。
その中には、有用な成分や膣の細菌を含み、赤ちゃんを危険な細菌から守ってくれる「胎脂(たいし)」と呼ばれる膜も含まれる。

きれいにすることに益はあっても害はない。そう信じられてきた衛生観念を考え直すときが来ている。
実際、お産の前の浣腸を実施しない産院もかなり増えている。また、生まれた赤ちゃんを軽く拭き取る程度にして、沐浴は3〜4日待ってからおこなう「ドライテクニック」という方法も注目されはじめている。

帝王切開と自然分娩をマイクロバイオームの視点で考える

経膣分娩(自然分娩など)と並んで、少なくない人が経験するのが帝王切開による出産だ。

出産におけるリスクを少しでも下げるため、実は帝王切開は本当に必要な数以上に行われている。

母体への負担も大きいが、生まれてくる胎児へのリスクはないのだろうか?
マイクロバイオームの視点で帝王切開を考えてみたい。

↓文字数が多すぎるので、記事を分けます。

https://note.com/embed/notes/nd662182b4ed4

早産で生まれた赤ちゃんのマイクロバイオーム

妊娠中の母親の体は、出産予定日に向けて膣や腸のマイクロバイオームを変化させていく。
もしその日が早まったとしたら、赤ちゃんへ届ける予定だったマイクロバイオームの内容は少々変更されるかもしれない。

36週6日までに生まれた赤ちゃんを早産児と呼ぶ。
早産の場合は赤ちゃんのほうも体が未熟で、うまくマイクロバイオームを形成できない可能性も考えられる。

研究の現場でも、早産児の腸内細菌たちは、一般的に「形成が遅く」「種数が少なく」「多様性や豊富さに欠ける」ということが徐々に明らかになってきている(2)。

早産児はしばしば抗生物質のお世話になることも多いが、早産児に対するバンコマイシンの投与が腸神経系の発達に影響をおよぼすという研究報告(3)もある。

細菌たちへの影響も考えると、抗生物質使用の短期的メリットと長期的デメリットは十分に考慮されるべきだろう。

妊娠前の母親の膣マイクロバイオームも、早産に影響している可能性がある。
大人の女性では、膣のマイクロバイオームの生態系が月経によるホルモンバランスの変化などの影響を受けて時期によって大きく変わる。
その変化を含めて、膣の生態系はおおむね5つのタイプ(コミュニティ・ステート・タイプ、CSTs)に分けられるが、そのうちタイプⅣの生態系では乳酸菌ではなくプレボテラ属などの細菌が優位に見られる。

近年、このタイプⅣの膣マイクロバイオームを持つ女性は、早産のリスクが高まるのではないかといった研究(4)も進んでいる。

出産の現場に登場する抗生物質

妊娠中の服薬に過剰なまでに慎重になる妊婦は多い。
一方で、医師は妊婦に与えても胎児への影響が少ないであろうという薬の一覧を持っている。

抗生物質の一部は、そんな「安全リスト」に入っており、妊婦に対して気軽に抗生物質が投与されるケースは実は多い。

「このお薬は赤ちゃんに影響がありませんから安心してください。むしろ、お母さんが感染症などにかからず元気で過ごすほうが赤ちゃんにとって大事ですから、飲み切ってくださいね」
医師のこの言葉は、母親の背中を優しく押してくれる。けれど、出産のそのときに母親が渡すはずの細菌一式が受ける影響は考慮されていない。

B群溶血性連鎖球菌。
このものものしい名前のついた細菌はGBSと一般的に呼ばれ、妊婦にはなじみのある呼び名だ。全妊婦の10-20%が常在細菌として持つこの細菌は、何も悪さをしない普通の細菌だ。
通常、妊婦自身にはなんの自覚症状もない。

けれど、この細菌は出産時に赤ちゃんに伝播する可能性が40%ほどあり、さらにそのうち250-800分の1の確率で赤ちゃんが敗血症や肺炎、髄膜炎を起こす可能性がある。そのうち死亡率は10%にのぼる。

日本では、すべての妊婦を対象にGBSの検査を妊娠35〜37週におこなっている。陽性だった場合、陣痛が起こると同時に妊婦に抗生物質が点滴投与される。
常在細菌であるGBSが赤ちゃんに移行するリスクを下げるためだ。
この措置は完全ではないが、たしかにリスクを下げることができるらしい。

けれど、抗生物質が母親の常在細菌にあたえる影響や、その細菌たちを受け取る赤ちゃんたちへの影響へ思いを巡らせると、果たしてその措置は正しいのだろうかと首を傾げざるを得ない。

GBS陽性の母親から生まれた赤ちゃんが死亡する確率は、6,000-20,000分の1だ。この数字をどう捉えるかは、人によるだろう。
けれど、GBSが陽性の場合に医師からこの細菌のリスクを知らされたら、ほとんどなんのためらいもなく抗生物質投与に同意するだろう。
ひとりしかいない我が子が、その20,000分の1になるかもしれないのだ。そのリスクを減らせる方法として、抗生物質投与で失うものはなにもない。

ここまで読んでいただいた読者のみなさんは、失うものだらけだとういうことがわかっていただけるだろう。

実は、筆者自身の出産もこのケースに該当している。
当時は今ほど細菌のことをわかっていなかったとはいえ、いちおう腸内細菌の仕事をしている身だったので、かなり悩んだ。
けれど、抗生物質投与を当たり前の事実として医師に告げられ、ほんのわずかでも娘が死んでしまうリスクがある状況に、私は勝てなかった。
娘は健康にすくすく育っているが、軽度の牛乳アレルギーがある。
いまでも、あのときの自分の選択が正しかったのかどうか、私には正直自信が持てない。

短期的で確率の低い重大なリスクと、長期的で確率の高い比較的軽微なリスクを並べられたら、私たちはどうすればいいのだろう。

覚えておくべきことは、20,000分の1のリスクのために、19,999人の赤ちゃんがはからずも「抗生物質処理済み」の母親のマイクロバイオームを受け取ってしまったという事実だ。

母親のマイクロバイオームに含まれる細菌以外のメンバーたち

以前の記事で述べたようにマイクロバイオームという言葉の定義には、細菌やその他の微生物だけが含まれるわけではない。遺伝子の断片やウイルス、代謝産物も含まれる。

母親からリレーされるのは、細菌だけではないのだ。最近の研究では、母親から赤ちゃんへ遺伝子の断片が水平伝播しているという報告(5)もある。
妊娠と出産で母親がリレーするのは、次世代のヒトの命だけではないのだ。
そこには細菌、ウイルス、遺伝子、そのほか私たちがまだ知らないさまざまなものがリレーされ、それらは少しずつ変化しながら進化の原動力となっていく。

科学技術が微生物の姿を目に見えるかたちで映し出す前から、私たちの先祖たちは彼らと共存し、ともに進化してきた。
目に見えず、手で触れない存在を現代の私たちはうまく信じることができなくなっている。

けれど、どんな科学技術をもってしてもマイクロバイオームの全体を完璧に把握することは難しいだろう。
私たちはもっと、目に見えないものの力を信じてみるべきなのかもしれない。

※無事に赤ちゃんにリレーされたあとの菌たちの活躍についてはこちら

https://note.com/embed/notes/n7c6008904c33

参考文献リスト

1. Bogaert D, van Beveren GJ, de Koff EM, et al. Mother-to-infant microbiota transmission and infant microbiota development across multiple body sites. Cell Host Microbe. 2023;31(3):447-460.e6. doi:10.1016/j.chom.2023.01.018
2. Cuna A, Morowitz MJ, Ahmed I, Umar S, Sampath V. Dynamics of the preterm gut microbiome in health and disease. Am J Physiol – Gastrointest Liver Physiol. 2021;320(4):G411-G419. doi:10.1152/ajpgi.00399.2020
3. Schill EM, Joyce EL, Floyd AN, et al. Vancomycin-induced gut microbial dysbiosis alters enteric neuron-macrophage interactions during a critical period of postnatal development. Front Immunol. 2023;14:1268909. doi:10.3389/fimmu.2023.1268909
4. Charbonneau MR, Blanton LV, DiGiulio DB, et al. Human developmental biology viewed from a microbial perspective. Nature. 2016;535(7610):48-55. doi:10.1038/nature18845
5. Vatanen T, Jabbar KS, Ruohtula T, et al. Mobile genetic elements from the maternal microbiome shape infant gut microbial assembly and metabolism. Cell. 2022;185(26):4921-4936.e15. doi:10.1016/j.cell.2022.11.023


本ブログ記事は、
シンバイオシス株式会社微生物事業部の研究員が
noteにて作成した記事を転記しております。

記事タイトル:出産前にどうか知っていてほしい。母から子への菌リレーのこと。
記事リンク:https://note.com/symbiosis17/n/nd5df05396bc2?sub_rt=share_pw

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