監修者:農学博士 嶋秀明(シンバイオシス株式会社)
「腸内細菌叢」は「ちょうないさいきんそう」と読みます。腸内細菌叢は人間の腸内に存在する微生物の集合体であり、健康維持に非常に重要な役割を果たしています。
近年の研究によって、腸内細菌のバランスが整っていることが、免疫機能や代謝、さらにはメンタルヘルスにまで影響を与えることが明らかになってきました。腸内環境が良好であると、病気のリスクも低下します。
腸内細菌叢の読み方
腸内細菌叢の読み方は「ちょうないさいきんそう」です。「叢(そう)」は「群れ」や「集まり」を意味し、「細菌叢」は「細菌の集団」という学術的な表現になります。
腸内細菌は、消化吸収を助けるだけでなく、免疫系の調整、栄養素の合成、さらにはホルモンの分泌にも関与しています。そのため、腸内細菌叢のバランスが崩れると、さまざまな健康問題を引き起こす原因となります。
通常、腸内細菌叢は善玉菌、悪玉菌、日和見菌の三種類に分類されます。
善玉菌は健康に有益な物質を産生したり、人の細胞の恒常性を維持するような働きがあるビフィズス菌や酪酸菌などを指します。悪玉菌は過剰に増えてしまった場合、有害な影響を及ぼすことがありますが、近年これらも健康において重要な役割を果たす可能性が示されています。日和見菌は腸内の状況によって良い役割になったり、悪い役割をするため、全体のバランスが重要です。(1)
重要なのは、善玉菌が優位でかつ、腸内細菌の種類が多く、全体のバランスが整っていることにあります。
腸内細菌叢の正しい理解は、健康促進に大きく貢献します。
注目される理由
腸内細菌叢が注目される理由は、健康への影響が多岐にわたるためです。
例えば、善玉菌が優勢な腸内環境は、感染症の予防に効果的です。良い代謝物を分泌する、適切でバランスの良い腸内細菌叢により、神経伝達物質などの有益な成分が生成することが知られ、それによりメンタルヘルスにも影響を与えるとされています。このように、腸内細菌叢は単なる消化の役割を超えて、身体全体の健康に深くかかわっているのです。
さらに、これまで医療は病気を治すことに焦点を当ててきましたが、腸内細菌の研究は予防医療の重要性を再認識させています。腸内環境を整えることで、日々の健康を維持し、長寿を促進するための新しいアプローチが期待されています。
腸内細菌叢とは
腸内細菌叢とは、人間の腸内に生息する多様な微生物の集合体を指します。これには、細菌、ウイルス、真菌、原生動物などが含まれており、特に細菌が主な構成要素です。私たちの腸内には数百種類、トータルで約100兆個もの微生物が存在するとされ、それぞれが特有の役割を果たしています。(2)
腸内細菌の定義と構造
腸内細菌の定義は、人間の腸内に生息する微生物のうち、特に細菌群を指します。腸内には数百種類の異なる細菌が存在し、その多様性は健康状態に大きな影響を与えます。腸内細菌は、小腸(回腸)に1,000万個/1g存在し、食物の分解や栄養素の吸収を助けています。大腸には約1兆個/1g生息し、小腸で消化し切れなかった食物繊維などを発酵する役割があります。
腸内細菌は、小腸から大腸まで、それぞれの細菌の棲みやすい場所に多く分布します。小腸には比較的空気が存在するので、空気があっても生育できる細菌(通性嫌気性菌)の乳酸桿菌が多く住んでいます。大腸になると、無酸素状態になり、無酸素でも生きられる細菌(偏性嫌気性菌)が爆発的に多くなります。偏性嫌気性菌の代表にビフィズス菌、バクテロイデス菌があります。大腸にも一部、通性嫌気性菌である乳酸桿菌や大腸菌も棲んでおり、腸内腐敗をおこしたりする有害菌も存在します。重要なのは、有用菌、有害菌および中間的な菌のバランスを整えることです。
腸内細菌のバランスが保たれていることが、消化器系の健康だけでなく、全身の健康にも寄与することが分かっています。このように、腸内細菌の定義と構造を理解することは、私たちの健康を考える上で非常に重要です。
腸内フローラと腸内細菌叢
腸内フローラとは、腸内に存在する微生物の集合体を指す言葉で、特に細菌の群れを強調した表現です。フローラ(flora)という言葉は、植物の群生を意味する英語であり、ラテン語の花を指す単語である「flos」にも由来されると言われています。この場合は腸内の微生物群を示しています。
「腸内フローラ」と「腸内細菌叢」は、どちらも腸内に存在する細菌の集まりを指しますが、厳密には学術的な表現の違いや言葉の背景に違いがあります。
腸内フローラは一般向けの説明や、健康・栄養関連の話題でよく使われます。例えば「腸内フローラを整える」「腸活」などです。以前は学術的にも使われていましたが、現在はやや古い表現とされています。
一方で腸内細菌叢は、医学・生物学の論文や専門書で使われます。近年の腸内細菌研究では、「腸内細菌叢(gut microbiota)」が正式な用語として定着しつつあり、「フローラ」と違い「細菌」という具体的な対象を明示しています。
腸内細菌叢はより正確な学術用語として「腸内フローラ」の代わりに使われることが増えています。
腸内細菌叢の機能と働き
腸内細菌の機能
腸内細菌叢は、私たちの健康に大きく寄与する多くの機能を持っています。
まず第一に、腸内細菌は食物を発酵させることで、栄養素を生成し、これを体に吸収可能な形に変換します。このプロセスにより、ビタミン群やビタミンK、酢酸などの短鎖脂肪酸などの重要な栄養素が生成されます。
さらに、腸内細菌は免疫システムの調整にも関与しています。腸は、体内の免疫細胞の約70%が存在する場所であり、腸内細菌がバランス良く存在することで、免疫機能が正常に働くことが可能です。
大腸等で産生された腸内細菌の代謝物である短鎖脂肪酸は、大腸の免疫細胞に作用し大腸内でのIgA産生を増強します。大腸から吸収されて血中に移行した短鎖脂肪酸は小腸パイエル板の免疫細胞にも作用し、小腸でのIgA産生も増強します。この様に腸内細菌によって誘導され分泌されたIgAは感染防御に役立ち、粘膜面における感染防御のバリア機能として大いに貢献しています。(3)
また、腸内細菌叢が整っていると、良い代謝物が分泌され、腸のバリア機能が強化され、外部からの病原菌に対する抵抗力を持つことが知られています。腸内環境が整っていると、腸内の炎症が抑えられ、さまざまな病気のリスクを低下させることができます。
このように、腸内細菌叢は私たちの健康を支える重要な役割を果たしているため、そのバランスを保つことが非常に大切です。
腸内細菌の働き
腸内細菌の働きも多岐にわたります。
まず、腸内細菌は食べ物の消化を助けることで、栄養素の吸収を促進します。特に食物繊維を分解し、ヒトのエネルギー源だけでなく、様々な生理活性作用を持つ短鎖脂肪酸を生成します。これにより、腸の健康を保つだけでなく、全身のエネルギーバランスにも寄与します。
次に、腸内細菌は免疫機能の調整にも重要な役割を果たしています。腸内に存在する善玉菌は、病原菌の侵入を防ぎ、体の免疫応答を強化します。腸内環境が整っていることにより、感染症などのリスクを低下させることができます。
さらに、腸内細菌の代謝物はホルモンの合成にも関与しています。特に、満腹感を感じさせるホルモンであるGLP-1や、ストレスに関連する体内のホルモンに影響を与えることが知られています。(4)このように腸内細菌は、消化、免疫、ホルモンなど多様な働きを通じて私たちの健康を支えています。
腸内細菌叢と健康
健康維持への影響
腸内細菌叢は、健康維持にさまざまな影響を与えています。
一つ目は、免疫機能の強化、二つ目は消化・吸収機能の向上、三つ目がストレス減少や気分の改善などメンタルヘルスの安定化に影響を与えています。
日常生活での腸内フローラのケア
腸内フローラを日常生活でケアするためには、いくつかのポイントを意識することが重要です。
まず、食生活の見直しが欠かせません。繊維質が豊富な野菜や果物、そして発酵食品を積極的に取り入れることで、腸内細菌のバランスを保つことができます。特にヨーグルトや納豆は良質なプロバイオティクスを含んでいるため、おすすめです。(5)
次に、水分をしっかり摂ることも大切です。水分が不足すると腸の動きが悪くなり、便秘を引き起こすことがあります。毎日十分な水分を摂取し、腸内環境を整えましょう。
さらに、ストレス管理も忘れてはいけません。
ストレスは腸内細菌叢に悪影響を与えることが知られていますので、趣味やリラクゼーションを通じて心身のリフレッシュを図ることが大切です。
これらの生活習慣を取り入れることで、腸内細菌叢のケアが実現し、健康的な生活を送る基盤を築くことができるでしょう。
腸内細菌叢の移植
腸内細菌叢「ちょうないさいきんそう」の注目と共に、近年では、腸内細菌叢移植「ちょうないさいきんそういしょく」にも注目が集まっています。
腸内細菌叢移植は、便移植とも糞便微生物叢移植とも呼ばれています。
腸内細菌叢移植、便移植、糞便移植の読み方と違い
腸内細菌叢移植は「ちょうないさいきんそういしょく」と読みます。
便移植は「べんいしょく」、糞便微生物叢移植は「ふんべんびせいぶつそういしょく」と読み、基本的に同じ医療・研究手法を指しますが、それぞれの呼び名には若干のニュアンスの違いがあります。
便移植 べんいしょく(Fecal Transplant)
便移植は、一般的な用語で、医学的な文脈でも広く使われています。便全体(糞便)をドナーから採取し、ろ過・調整した上で患者に移植する手法を指します。口語的にもよく使われますが、学術的にはやや曖昧な表現です。(6)
糞便微生物叢移植 ふんべんびせいぶつそういしょく(Fecal Microbiota Transplantation, FMT)
「糞便」は「便」よりも学術的・正式な表現で、医療論文などでは「糞便微生物叢移植」と表記されることが多いでしょう。便に含まれる微生物をそのまま、または一部処理したものを移植することを明確に示しています。医学界では「糞便微生物叢移植(FMT)」が正式名称として最もよく使用されています。
腸内フローラ移植 ちょうないふろーらいしょく(Fecal Microbiota Transplantation, FMT)
「糞便微生物叢移植(FMT)」とほぼ同義ですが、よりカジュアルな表現です。「腸内フローラ」という言葉は、かつて腸内細菌の集合体を指す一般的な用語でしたが、現在では「腸内細菌叢」がより正確な用語として使われています。
腸内細菌叢移植 ちょうないさいきんそういしょく(Microbiota Transplantation)
より学術的な表現で、移植の対象が「腸内細菌叢(microbiota)」であることを明示しています。「糞便(便)」ではなく、「腸内細菌叢の移植」とすることで、便そのものではなく腸内細菌の移植が主目的であることを強調しています。
「便移植」は日常的な表現として一般的に多く使用されていますが、「糞便微生物叢移植(FMT)」が最も標準的な学術用語です。「腸内細菌叢移植」はより高度な微生物学的視点を持つ用語として、合成微生物叢移植(糞便そのものではなく特定の細菌のみを抽出して移植する方法)などの新しい技術に適用され始めています。
シンバイオシス株式会社では、抗菌薬を使わない、患者さんへの負担の少ない新しい「腸内細菌叢移植」を既に690件以上実施しています。ご自身の腸内細菌叢の状態や、腸内細菌叢移植にご関心のある方はぜひお近くのクリニックにお問い合わせ下さい。
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まとめ
腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)は、腸内にいる無数の微生物の集合であり、そのバランスは健康に大きな影響を及ぼします。
腸内細菌叢のバランスが崩れた際には、「糞便微生物叢移植(FMT)」などの治療法が有効とされており、腸内環境の改善が期待できます。
腸内細菌叢についての理解を深め、その重要性を認識することで、将来に渡ってより健康的なライフスタイルを実現できます。普段の食事や生活習慣を見直し、自分自身の健康を守るために、腸内環境を大切にしていきましょう。
引用文献
1.Lynch, S. V., & Pedersen, O. (2016). The Human Intestinal Microbiome in Health and Disease. New England Journal of Medicine, 375(24), 2369-2379.
2.Sender, R., Fuchs, S., & Milo, R. (2016). Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body. PLoS Biology, 14(8), e1002533.
3.Rooks, M. G., & Garrett, W. S. (2016). Gut microbiota, metabolites and host immunity. Nature Reviews Immunology, 16(6), 341-352.
4.Cryan, J. F., et al. (2019). The Microbiota-Gut-Brain Axis. Physiological Reviews, 99(4), 1877-2013.
5.Hill, C., et al. (2014). Expert consensus document: The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology, 11(8), 506-514.
6.Cammarota, G., et al. (2017). European consensus conference on faecal microbiota transplantation in clinical practice. Gut, 66(4), 569-580.