Loading...

ブログ記事

FMT(糞便微生物叢移植)の歴史

ブログ記事

2024.09.03

目次

  1. 4世紀の中国
  2. 西洋医学とFMT
  3. 現代に復活したFMT

・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。

1.4世紀の中国

歴史的記述として残存している資料の中で、もっとも古いFMT(糞便微生物移植)の記述は4世紀の中国、晋の時代に葛洪という人が書き記した『肘後備急方』(Zhou Hou Bei Ji Fang)という救急医療のための本にある。

この本では、重症の下痢や食中毒、熱病、腸チフスなどの症状に対して、健康な人の便を「消化管経由で」与えるという記述がある。
黄色スープなどとして表現を和らげているものの、口から飲む場合には抵抗があったに違いないが、天秤にかけているのは命なのだ。背に腹は変えられない思いで飲んだのだろう。

私たちが排泄物に嫌悪感を覚えるのは、それがヒトの文化だからという理由だけではない。鼻水やよだれ、吐瀉物や便には、重篤な感染症をもたらす細菌やウイルスが含まれている場合もあるだろうから、その感覚は自己防衛本能でもある。

便の中の微生物が病気に効いていることなど当時は知る由もなかったはずなので、FMTという方法は科学技術や理論とは別に「やってみたら効いた」という類の民間療法が始まりだっただろう。

中国では、4世紀の記述の時点ではすでに他の医学者たちが一般的に行っていたようだから、歴史はもっと古いのかもしれない。
彼らは、他の動物たちが食糞するのを見て、アイディアを思いついたのだろうか。昔の人の理屈を飛び越える力には、驚嘆するばかりだ。

16世紀にも、同じく中国の医学書で同様の記述が見つかる。このあたりの経緯についてとても詳しく記載している論文(1)があるので、興味のある人は読んでみてください。

便を摂取することで病気を治す文化を持っていたのは中国だけではなかった。
第二次世界大戦の最中、ナチス・ドイツの兵たちはアラブの遊牧民たちがラクダの糞を食べることで赤痢を治すことを発見した。遊牧民たちは、少しでも下痢をするとラクダのあとをついてまわり、排便したてホヤホヤの糞を食べるのだ(2, P208)。

あとから科学が証明したのは、温かいラクダの糞には枯草菌(Bacillus subtilis)が大量に含まれており、この細菌が下痢状態にある腸のウイルスや細菌を駆逐してくれていたという事実だった(3)。

これらの事実を見ても、FMTは科学技術の結晶ではなくて民間療法の賜物だということがわかる。現代の科学は、この方法をより安全に、より有効に行うことによって、緊急時以外にも使える医療に昇華しようとしているにすぎない。

2.西洋医学とFMT

西洋医学にはじめてFMTが論文(4)として登場するのは、1958年のことだ。

デンバー退役軍人管理局病院の医師たちは、健康な人から採取した便を偽膜性大腸炎という致命的な下痢にかかった患者4人に肛門から投与した。この疾患は、ほとんどの場合は今で言うクロストリジオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile[C. difficile])腸炎だ。(以前の名前はクロストリジウム・ディフィシル)
結果は目覚ましく、4人全員が急速に回復した。

医師たちはこの治療法を本格的な治験のステージに進めようとしたのだけれど、結局頓挫してしまった。
時代は抗生物質の天下である。1929年にアレクサンダー・フレミングがペニシリンを発見し、第二次世界大戦では多くの戦傷兵たちが抗生物質のおかげで致死的な感染症を免れた。

1945年にフレミングがノーベル生理学・医学賞を受賞し、一般の人々にも抗生物質がいきわたるようになると、致死的ではない感染症にも抗生物質が投与されるようになっていった。

細菌は敵である。そして人類は、その戦いに勝利した。

当時の人々にあったのは、このような細菌への嫌悪感と高揚感であり、細菌やウイルスを多量に含んだ「汚くて危ない」FMTは、まったく広まらずに忘れられていった。

3.現代に復活したFMT

その後の時代、FMTは長いあいだ日陰の治療法だった。
抗生物質が効かずに命が危ない場合に限って、最後の手段として細々と実施されているに過ぎなかった。この半世紀のあいだに、FMTの灯を絶やさずにつないでくれた医師たち(5,6)には感謝するしかない。

手前味噌で恐縮だけれど、弊社の関連組織である一般財団法人腸内フローラ移植臨床研究会を立ち上げたうちの一人である臨床検査技師は、約40年前から日本国内で医師の協力を仰ぎながらFMTを実施し、その方法論の改良に尽力してきた。
その結果、NanoGAS®FMTという、より効果の高い実施法の開発に成功している。

2000年代になって、アメリカでC. difficile腸炎(CDI)が深刻な社会問題になってきた。抗生物質の過剰使用などによって、一種類だけの細菌が腸の生態系を蹂躙してしまい、ひどい下痢や体重減少を伴い、最悪の場合には死に至る。
アメリカだけでも毎年50万人が罹患し、3万人が亡くなっている(7)。
この疾患にFMTが劇的に効くことを知っていた一部の医者たちが、最後の手段として患者たちにFMTを実施する件数が増えていくにつれて、この治療法が注目されはじめた。

折しもヒトマイクロバイオームプロジェクトの始動などによって、常在細菌などの共生微生物の重要性が認識され始めた頃であり、タイミングもよかった。

2012年にアメリカのHamiltonら(8)が凍結した糞便でも同様の効果があることを示し、2013年にはオランダのvan Noodら(9)が再発性CDIに対するランダム化比較試験によってFMTの有効性を示した。

このランダム化比較試験は、FMT治療法を民間療法の位置から現代科学に基づいた医学へと大きく飛躍させた重要な成果だった。
FMTが効いているのは、偶然やプラセボ効果などではないことが証明され、それどころかあまりにも効きすぎたため、これ以上比較試験を行うのは倫理的にいかがなものかということになり、予定していた120名の患者のうち、最初の43名の結果をもって試験を打ち切ったほどだった。
FMTの治癒率は94%で、標準治療は23%から31%だったため、監督機関である医療安全委員会も、試験を中止してFMTを新たな標準治療とすることに賛成した。

このようにして、FMTは具体的な機序が解明されないまま、その圧倒的な効果をもって現代医学に迎え入れられることになった。

とはいえ、まだ課題は多く残っている。

安全性はどのように担保するべきか?
ドナー選定の基準は?
適応疾患は他にもあるか?
より簡便な方法で実施できないか?
そして、この方法がなぜ、どのように効果を発揮するかを解明することも、研究者たちの興味の対象となっている。

※FMTに関する記事へのリンクをまとめた記事はこちら

1. Zhang F, Cui B, He X, Nie Y, Wu K, Fan D. Microbiota transplantation: concept, methodology and strategy for its modernization. Protein Cell. 2018;9(5):462-473. doi:10.1007/s13238-018-0541-8
2. ロブ・デサール, パーキンズスーザン・L. マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち. 紀伊國屋書店; 2016.
3. Damman CJ, Miller SI, Surawicz CM, Zisman TL. The microbiome and inflammatory bowel disease: is there a therapeutic role for fecal microbiota transplantation? Am J Gastroenterol. 2012;107(10):1452-1459. doi:10.1038/ajg.2012.93
4. Eiseman B, Silen W, Bascom GS, Kauvar AJ. Fecal enema as an adjunct in the treatment of pseudomembranous enterocolitis. Surgery. 1958;44(5):854-859.
5. Bennet JD, Brinkman M. Treatment of ulcerative colitis by implantation of normal colonic flora. Lancet Lond Engl. 1989;1(8630):164. doi:10.1016/s0140-6736(89)91183-5
6. Borody TJ, George L, Andrews P, et al. Bowel-flora alteration: a potential cure for inflammatory bowel disease and irritable bowel syndrome? Med J Aust. 1989;150(10):604. doi:10.5694/j.1326-5377.1989.tb136704.x
7. Feuerstadt P, Theriault N, Tillotson G. The burden of CDI in the United States: a multifactorial challenge. BMC Infect Dis. 2023;23(1):132. doi:10.1186/s12879-023-08096-0
8. Hamilton MJ, Weingarden AR, Sadowsky MJ, Khoruts A. Standardized frozen preparation for transplantation of fecal microbiota for recurrent Clostridium difficile infection. Am J Gastroenterol. 2012;107(5):761-767. doi:10.1038/ajg.2011.482
9. van Nood Els, Vrieze Anne, Nieuwdorp Max, et al. Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile. N Engl J Med. 2013;368(5):407-415. doi:10.1056/NEJMoa1205037


本ブログ記事は、
シンバイオシス株式会社微生物事業部の研究員が
noteにて作成した記事を一部変更しております。

元の投稿はこちらでご覧いただけます。
記事タイトル:FMTの歴史 他人のウンチは下痢に効く
記事リンク:https://note.com/symbiosis17/n/ndebdc458c688

関連サイト

TOPに戻る