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各国のFMT(糞便微生物移植)の取扱いと規制・ガイドラインまとめ

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2024.09.10

医療行為を行う場合、日本でも海外でもかなり厳しい法律が定められている。
FMTまわりの法規制はどうなっているのだろうか?

FMTは規制が始まるよりも先にすでに実施されていたため、FMTの利用が広まるにつれて各国があとから規制をかけはじめた形となった。

他人の便由来のマイクロバイオーム懸濁液(菌液)を患者に移植するという方法は非常に独特であり、その取扱いに各国の個性がうかがえる。

以下のリストは、2020年にイギリスのGoldenbergらが出した論文(1)と、2023年にイタリアのIaniroらが出した論文(2)を統合し、さらに筆者が調べた内容を加えたものである。

目次

  1. アメリカ、カナダ
  2. オーストラリア
  3. フランス
  4. イタリア、オランダ、ベルギー
  5. イギリス、アイルランド、ドイツ、スイス
  6. オーストリア、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなど
  7. 中国、韓国、台湾、日本などのアジア圏
  8. 国際的なガイドライン

・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。

1.アメリカ、カナダ

アメリカやカナダでは、FMTはrCDI(再発性クロストリジオイデス・ディフィシル腸炎)に対して実施するか、それ以外の疾患に対しては治験として行うべきものであるとして、厳しい規制を敷いている。

アメリカ食品医薬品局(FDA)は、FMTがrCDIに効果があるとするオランダのランダム化比較試験の論文(3)が2013年に出版されるとすぐに、抗菌薬の効かないrCDI患者に対してFMTを第一選択治療とする旨の通知を出した。

この積極的な姿勢ののち、免疫不全状態の患者2名にドナー由来のESBL産生株が移行し、一名が死亡した有害事象を受けて、FDAは安全性の警告を発表した(4)。

そして2022年、FDAはより厳しい規制を敷くことを発表(5)し、いわゆる第三者組織としての便バンクから仕入れた便でFMTを実施することを許可しないとした。
これは、特定のドナー由来のマイクロバイオームが複数の患者に移植されることへの懸念や、便バンクではすべてのサンプルに対して厳密な検査が行われていないことへの懸念が理由として考えられる。

それまで世界最大の便バンクとして運営されていたOpenbiomeでも、現在はドナーから便を集めることを中止している。
ただしOpenbiomeが閉鎖してしまったわけではなく、ミネソタ大学と連携して治験登録をすることで、FDAの指針に沿った形でドナー便の提供を継続している。

創薬市場も盛んだ。
2022年にフェリング社製のバイオ医薬品「REBYOTA®」が米国で初めてFDAの承認を得た。また、2023年4月には米セレス・セラピューティクスの「VOWST(SER-109)」が、初の経口マイクロバイオーム医薬品としてFDAに承認されている。

アメリカでは他にもフェリング社、ベダンタ・バイオサイエンシズなどが医薬品の申請を行っており、少なくとも市場レベルではマイクロバイオーム治療は一般的なFMTではなく医薬品にシフトしていく可能性もある。

2.オーストラリア

オーストラリアは、積極的にFMTが実施されているにもかかわらず、どちらかというとゆるい規制のもとでFMTが普及してきた国のひとつだ。

オーストラリアには、Thomas Borody氏がいる。(Professor Thomas Borody – The Centre for Digestive Diseases
彼は1980年代から自身で開発したFMTである「MMT(Microbiota Transplant Therapy)」を実施してきた人物で、オーストラリアのFMTは彼が中心となって行われてきたと言っていい。

MMTは、アメリカのアリゾナ大学で自閉スペクトラム症の子どもたちにFMTの治験を実施した際にも使われた方法(6)で、有効性に一定の信頼がある。

そのオーストラリアの薬品・医薬品行政局(TGA)がFMTの規制に腰を上げたのは2020年1月のこと。少し遅れて論文(7)が出ているが、専門家たちが集結して規制などについて通知を行い、2021年7月から正式に規制が始まった。
Faecal microbiota transplant products regulation | Therapeutic Goods Administration (TGA)

この規制によると、
「院内実施や最低限の処理を行うのみの場合、FMTはリスクの低いクラス1か2に分類され、生物製剤として取り扱うこととする」とある。
この規制以降、FMTを実施する場合はTGAに登録し、有害事象などの報告を行うことが義務付けられた。

また2022年11月、TGAはBiomeBankの「BIOMICTRA」を世界初のマイクロバイオーム医薬品として承認した。

3.フランス

フランスでは、FMTは治験薬として、または院内でドナー便を調製して実施することとするか、医薬品に近い扱いをするかどちらかのようだ。

4.イタリア、オランダ、ベルギー

FMTで使用するドナー由来の便懸濁液には、ドナーの腸内細菌、ウイルス、真菌などの微生物のみならず、ドナー自身の細胞、水、ムコ多糖類、さまざまな代謝物質などが混ざっており、それらはドナーによって違っている。

これを鑑みて、イタリア、オランダ、ベルギーなどの国ではマイクロバイオームを「ヒトの臓器」と捉え、臓器移植や細胞移植と同等の扱いをしている。

EU全体でもこれと同じような見解を採っているようだ。(New EU rules on substances of human origin – European Commission

5.イギリス、アイルランド、ドイツ、スイス

これに対して、イギリス、アイルランド、ドイツ、スイスなどの国々ではFMTを生物製剤の移植とは取り扱わず、非生物性の医薬品として取り扱っている。

規制がないわけではなく、機序がはっきりし、服用に際するルールが決められた他の医薬品と同じように扱おうとしている。

6.オーストリア、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなど

その他のヨーロッパ圏では、明確な規制はなさそうだ。
FMTは一般的な医療行為であるとされているものの、ドナー選定や便の処理などのルールは各医療施設に委ねられている場合が多い。

有害事象の報告などについても、各施設の自主性によって行われているのみだ。

7.中国、韓国、台湾、日本などのアジア圏

アジア圏についても、明確な規制は進んでいない。

中国は古代から一般的にFMTが実施されてきた背景もあり、ドナーバンクの設立やFMTの普及もわりとスムーズだ。
専門家たちが意見を出し合って、ドナーの選定や管理に対して合意文書(8)を出し、それを指針としているようだ。

韓国でも同様に、ガイドライン(9)が発表されている。

台湾では、2018年に衛生福利部が特例法によってFMTを許容した。

日本では、FMTがもっとも効果を発揮するCDI罹患数や重症度が欧米ほどに深刻ではなく、さらに保険診療を主体とした医療が長年続いてきたことから、自由診療としてのFMTはさほど普及していない。

そのこともあり、まだ明確な規制は存在しないが、臨床治験が複数進行していることや、2023年に先進医療として登録されたことなどから、今後規制あるいはなんらかの指針が発表される可能性がある。

8.国際的なガイドライン

各国の規制やガイドラインの発表を背景に、国を超えてガイドラインを作ろうとする動きもある。

ヨーロッパは、EUがあるおかげで国境を超えた対話がしやすい。
2017年、ヨーロッパの10カ国から28名の専門家が集まり、臨床現場でFMTを実施する際のガイドライン(10)を発表した。
ここには、各医療施設がFMTを実施するにあたり、ドナー選定、移植懸濁液の準備、便の管理など細かな指針が示されている。
対象疾患はCDIを想定して策定されている。

ただし、各々の医療施設がドナーを探し、検査を行い、移植懸濁液を準備するのは容易ではない。血液バンクや骨髄バンクのように、便にもドナーバンクがあれば、安全性の担保や治療実施のためのハードルも下がるだろう。

各国で便バンクが立ち上がりつつある時期にあった2019年、ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリアの専門家たちが集い、ドナーバンク運営のための国際的な合意文書(11)を作成した。
ただし、実際の運営に関しては各国の法律や方針に委ねられている。

ここには、ドナーへのインタビュー項目、ドナーへの血液検査、便検査項目や、ドナー便の保管方法、解凍方法などの指針が書かれている。

弊社の関わる一般財団法人腸内フローラ移植臨床研究会に所属する便バンクJapanbiome®では、2017年の設立当時からドナーへの厳しい検査を実施している。
当時、アメリカ最大の便バンクであったOpenbiomeの検査項目を参考に、2019年に発表された国際合意文書の項目よりもさらに厳しい検査項目を設けている。

全世界で新型コロナウイルスのパンデミックが発生した2020年3月には、アメリカのFDAが安全性への警告を発表(12)し、同年9月にはイタリアの研究者らがパンデミック下でも安全にFMTを実施できることを示した論文(13)を発表している。
今後も、重大な感染症流行があった場合には、同様の対応が採られると思われる。

ガイドラインが作られているのはCDIに対するFMTだけではない。
2023年には、炎症性腸疾患(IBD)に対するFMTの指針を作るため、ヨーロッパ各国、アメリカ、オーストラリア、イスラエルの専門家たちが集結して文書(14)を作成した。

さらに2024年5月、アメリカ消化器学会(AGA)は、回腸嚢炎や過敏性腸症候群(IBS)にまで範囲を広げた、より包括的なFMTの指針(15)を発表している。

FMTが西洋医学の舞台に躍り出たのはまだまだごく最近のことであり、各国ともに規制とガイドラインの両輪で進められていくものと思われる。

どの国にも共通するのは、FMTは医師の管理下で行われる医療行為として扱われているということだ。
医師でもない者が患者に実施するのはもちろん違法だが、親しい家族に便を提供してもらって自宅で行うことは、感染症の問題などもあり大変危険な行為である。(でも気持ちは痛いほどわかる。今のところFMTは自由診療のため費用が高いか、対象疾患が限られた治験・先進医療などの臨床研究しかない。)

今後、日本でも規制やガイドラインが策定されていくものと思われる。

※FMTに関する記事へのリンクをまとめた記事はこちら

1. Merrick B, Allen L, Masirah M Zain N, Forbes B, Shawcross DL, Goldenberg SD. Regulation, risk and safety of Faecal Microbiota Transplant. Infect Prev Pract. 2020;2(3):100069. doi:10.1016/j.infpip.2020.100069
2. Porcari S, Benech N, Valles-Colomer M, et al. Key determinants of success in fecal microbiota transplantation: From microbiome to clinic. Cell Host Microbe. 2023;31(5):712-733. doi:10.1016/j.chom.2023.03.020
3. van Nood Els, Vrieze Anne, Nieuwdorp Max, et al. Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile. N Engl J Med. 2013;368(5):407-415. doi:10.1056/NEJMoa1205037
4. Research C for BE and. Important Safety Alert Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation and Risk of Serious Adverse Reactions Due to Transmission of Multi-Drug Resistant Organisms. FDA. Published online April 12, 2020. Accessed June 26, 2024. https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/safety-availability-biologics/important-safety-alert-regarding-use-fecal-microbiota-transplantation-and-risk-serious-adverse
5. Research C for BE and. Enforcement Policy Regarding Investigational New Drug Requirements for Use of Fecal Microbiota for Transplantation to Treat Clostridium difficile Infection Not Responsive to Standard Therapies. Published November 29, 2022. Accessed June 26, 2024. https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/enforcement-policy-regarding-investigational-new-drug-requirements-use-fecal-microbiota
6. Adams JB, Borody TJ, Kang DW, Khoruts A, Krajmalnik-Brown R, Sadowsky MJ. Microbiota transplant therapy and autism: lessons for the clinic. Expert Rev Gastroenterol Hepatol. 2019;13(11):1033-1037. doi:10.1080/17474124.2019.1687293
7. Haifer C, Kelly CR, Paramsothy S, et al. Australian consensus statements for the regulation, production and use of faecal microbiota transplantation in clinical practice. Gut. 2020;69(5):801-810. doi:10.1136/gutjnl-2019-320260
8. Society of Parenteral and Enteral Nutrition, Chinese Medical Association, Microecology Professional Committee of Shanghai Preventive Medicine Association. [Chinese expert consensus on screening and management of fecal microbiota transplantation donors (2022 edition)]. Zhonghua Wei Chang Wai Ke Za Zhi Chin J Gastrointest Surg. 2022;25(9):757-765. doi:10.3760/cma.j.cn441530-20220606-00246
9. Gweon TG, Lee YJ, Kim KO, et al. Clinical Practice Guidelines for Fecal Microbiota Transplantation in Korea. J Neurogastroenterol Motil. 2022;28(1):28-42. doi:10.5056/jnm21221
10. Cammarota G, Ianiro G, Tilg H, et al. European consensus conference on faecal microbiota transplantation in clinical practice. Gut. 2017;66(4):569-580. doi:10.1136/gutjnl-2016-313017
11. Cammarota G, Ianiro G, Kelly CR, et al. International consensus conference on stool banking for faecal microbiota transplantation in clinical practice. Gut. 2019;68(12):2111-2121. doi:10.1136/gutjnl-2019-319548
12. Research C for BE and. Safety Alert Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation and Additional Safety Protections Pertaining to SARS-CoV-2 and COVID-19. FDA. Published online September 4, 2020. Accessed April 12, 2023. https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/safety-availability-biologics/safety-alert-regarding-use-fecal-microbiota-transplantation-and-additional-safety-protections
13. Ianiro G, Bibbò S, Masucci L, et al. Maintaining standard volumes, efficacy and safety, of fecal microbiota transplantation for C. difficile infection during the COVID-19 pandemic: A prospective cohort study. Dig Liver Dis. 2020;52(12):1390-1395. doi:10.1016/j.dld.2020.09.004
14. Lopetuso LR, Deleu S, Godny L, et al. The first international Rome consensus conference on gut microbiota and faecal microbiota transplantation in inflammatory bowel disease. Gut. 2023;72(9):1642-1650. doi:10.1136/gutjnl-2023-329948
15. Peery AF, Kelly CR, Kao D, et al. AGA Clinical Practice Guideline on Fecal Microbiota-Based Therapies for Select Gastrointestinal Diseases. Gastroenterology. 2024;166(3):409-434. doi:10.1053/j.gastro.2024.01.008


本ブログ記事は、
シンバイオシス株式会社微生物事業部の研究員が
noteにて作成した記事を一部変更しております。

元の投稿はこちらでご覧いただけます。
記事タイトル:各国のFMT(糞便微生物移植)の取扱いと規制・ガイドラインまとめ
記事リンク:https://note.com/symbiosis17/n/n02bc61980e7e#0a56a313-dd75-4dc5-87f9-1f7adb612ba5

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