前回の記事では、腸内細菌の生態系が幼少期に決まることや、赤ちゃんが1歳までに獲得する腸内細菌の顔ぶれや多様性について話をした。
今日は、彼らが実際に赤ちゃんの成長にどれほど貢献してくれているか、その機能を果たすためにどれほど強固なバックアップ体制を築いているかを見ていこう。
※本記事は「腸内細菌は何歳までに決まる? 赤ちゃんから子どもへの成長とともに歩む菌たちのこと」シリーズの一部です。
別のシリーズ「全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に)」(後日投稿予定)と併せて読むことを推奨します。
目次
- 遺伝子から機能を予測する
- 違う菌が同じ働きをする「機能の冗長性」
- 菌たちのバックアップ体制
・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
遺伝子から機能を予測する
細菌たちを含むマイクロバイオームの持つ遺伝子を、すでに明らかになっている「遺伝子→機能」のデータベースに当てはめることで、その機能を推測するという方法がある。(KEGG、COGsなどのデータベースが利用される場合が多い)
この方法を通して赤ちゃんの腸内細菌を眺めてみると、たとえばこのようなことが言える。
- 生後間もないうちは、からだを作る材料を運ぶための輸送体のキャパシティを増やす遺伝子が多い。
- DNAの合成や葉酸(ビタミンB9)を合成する細菌は生後間もない赤ちゃんに多い。
- 月齢が上がると、アミノ酸やビタミンの合成により焦点が当てられる。
- 母乳が減り、離乳食が導入されはじめると、さまざまな栄養源を消化吸収できるような機能が備わっていく。
- 細菌たちの構成や機能は、1歳が近づくにつれて母親のそれらに似ていく。
- 1歳の赤ちゃんの腸内細菌には、薬物輸送体の遺伝子が多い。(おそらく抗生物質の影響)(1)
1歳までの赤ちゃんの腸内細菌たちは、たとえ顔ぶれが違っていても、多くの場合はこれらの機能をきちんと果たしてくれる。
菌によって性質も代謝機能も違っているのに、どうしてなのだろう?
そのヒントは、マイクロバイオームや人体にかかわるあらゆるところで見つかる「機能の冗長性」にある。
違う菌が同じ働きをする「機能の冗長性」
たとえば、赤ちゃんによく見られる2種類のビフィズス菌を例に挙げてみよう。B. longumとB. adolescentisだ。
これらの菌は生後間もない頃は共にその数を増やしていくが、4ヶ月の時点ではどちらか片方が多くなっている。これは、2種の菌のあいだに競合関係、または生態学の用語で「多様化選択」と呼ばれる関係が成り立っているということができる。(2,3)
どちらが残るかを決定するのは、母乳の有無だ。B. longumは母乳に含まれるオリゴ糖を積極的に栄養源とするが、B. adolescentisはそうではない。
粉ミルクで育った赤ちゃんの腸ではB. adolescentisが増えている。
余談だが、大人でビフィドバクテリウム属を持つ場合は後者の菌が優勢だ。
どちらが増えるのがいいかという議論は、今のところできない。
「より環境に適したもの」が増殖していることには間違いないが、これらはいずれもビフィドバクテリウム属の菌で、ゲノム配列も予測される機能も似通っている。
たとえば、ビフィドバクテリウムの場合は免疫機能の活性などがそれにあたる。
菌たちのバックアップ体制
同じ機能を持ちながらも共存している菌たちは他にも数多く存在する。
「機能の冗長性」と呼ばれるこの状態は、菌たちによるバックアップ体制だ。
菌たち自身に必要な、あるいは彼らのすみかであるヒトの生存に必要な機能をいくつもの菌たちが重複して受け持つことの意義はなんだろう。
それは簡単に言えば、環境変化に耐えうる強さだ。
ある機能を担うのに一種類の細菌しか残さなければ、なんらかの原因でその種の細菌がいなくなってしまうと途端にネットワーク全体に影響が及ぶ。そうならないよう、複数の菌たちが柔軟に同じ機能を担い合っている。
会社で同じ業務を複数の人間が行っていれば、誰かが病気をしたり、仕事を辞めてしまっても全体におよぶ支障は少なくて済む。それと同じ仕組みを、菌たちも採用しているようなのだ。
ひとりひとりの人間は違うけれど、営業職、経理職、開発職、カスタマーサポート職、研究職などの同じ職種内ならば互いに抜けた穴を埋め合えるのだ。
だから、赤ちゃんが出会う菌の順番が違えばその顔ぶれも違うけれど、同じ機能を担うことが可能になるのだ。
ただし、いくら機能を重複して担っているとはいえ、生態系の柔軟性を超えて撹乱が起こることもある。場合によっては、機能に対するバックアップ体制を十分に取れない、もろい生態系しか獲得できないケースもあるかもしれない。
ここには、すでに述べた「菌の獲得プロセス」に影響する要因の違いや、幼少期の抗生物質の使用などが挙げられるだろう。
抗生物質などの環境要因については他の機会に譲るとして、次の記事では赤ちゃんの栄養源が腸内細菌の形成にどのように影響するかを見ていこう。
母乳やミルク、それから離乳食は、どんな細菌たちを育てるのだろう。
1. Odamaki T, Kato K, Sugahara H, et al. Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study. BMC Microbiol. 2016;16:90. doi:10.1186/s12866-016-0708-5
2. Bäckhed F, Roswall J, Peng Y, et al. Dynamics and Stabilization of the Human Gut Microbiome during the First Year of Life. Cell Host Microbe. 2015;17(5):690-703. doi:10.1016/j.chom.2015.04.004
3. Roswall J, Olsson LM, Kovatcheva-Datchary P, et al. Developmental trajectory of the healthy human gut microbiota during the first 5 years of life. Cell Host Microbe. 2021;29(5):765-776.e3. doi:10.1016/j.chom.2021.02.021
本ブログ記事は、シンバイオシス株式会社微生物事業部の研究員がnoteにて作成した記事を一部変更しております。
元の投稿はこちらでご覧いただけます。
記事タイトル:赤ちゃんとマイクロバイオーム “First 1000 Days”(最初の1000日)の重み
記事リンク:https://note.com/symbiosis17/n/n33f6d6e08a72