“First 1000 Days”ー最初の1000日ー、この表現はヒトとマイクロバイオームの関係を語るうえで大きな意味を持つ。
1000日とは生まれてから約3年間のことを指し、この期間に形成されたマイクロバイオームの生態系は、その後の長い人生を共に歩むことになるパートナーたちの顔ぶれを決めるベースとなる。
この数字は、どこから出てきたのだろう?
※本記事は「腸内細菌は何歳までに決まる? 赤ちゃんから子どもへの成長とともに歩む菌たちのこと」シリーズの一部です。
別のシリーズ「全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に)」(後日公開予定)と併せて読むことを推奨します。
目次
- 腸内細菌は◯歳までに決まる?
- 1歳までの腸内細菌
- 腸内細菌の顔ぶれ
- 多様性
腸内細菌は◯歳までに決まる?
Maria Gloria Dominguez-Bello氏やRob Knight氏に加え、現代微生物学の権威とも言えるJeffrey I. Gordon氏らが共同で2012年に発表した論文は、マイクロバイオーム(ここでは腸内細菌)と年齢や地域の関係を網羅的に示した最初の研究成果だ。
彼らは、アメリカ、ベネズエラの先住民、マラウイの3か国の人々を対象としたコホート研究を実施し、いくつかの興味深い発見をした。
そのなかのひとつが、腸内細菌の構成は3歳までに決まるというものだ。
もっともこの傾向はベネズエラとマラウイの人々により強く見られ、アメリカの子どもたちは1歳の時点ですでに大人と同じような腸内細菌の構成を持っていた。
もしかしたら、腸内細菌の成熟スピードには地域差があるのかもしれない。
3年後にスウェーデンのコホート研究(2,3)をはじめた研究者たちは、スウェーデンの子どもたちの場合は5歳時点でもまだ大人と同じレベルには腸内細菌の成熟が見られないと結論づけている。
他にもデンマークの4歳説(4)やアメリカの5歳以上説(5)など議論は絶えないが、おおむね幼少期に共生マイクロバイオームの生態系のベースができあがることや、心身の発達が著しい幼少期におけるマイクロバイオームの影響に焦点を当てている点は共通している。
そして言うまでもなく、命がお腹に宿った瞬間から、母親のマイクロバイオームは変わり始め、胎児をお腹で育てるのに適した構成へ、さらには誕生の瞬間に胎児に手渡すべき構成へと変化していく。
受胎の瞬間から幼少期まで、マイクロバイオームたちはそのときどきに最適な生態系を柔軟に築きながら、ヒトの発達を手助けしているようだ。
1歳までの腸内細菌
ヒトは他の動物と比べても未熟な状態で生まれてくる。
つまり、生まれてからしばらくのあいだは非常に不安定な状態にあり、同時に成長スピードも著しいということが言える。
おおむね3キロほどで生まれてくる赤ちゃんは、一ヶ月検診のときにはさらに1キロ増え、3ヶ月を迎えるころには体重は倍に増える。
首が据わり、早い子では寝返りをしはじめるようになる。
子育てをしたことのある人なら、赤ちゃんが一年間でできるようになることの多さを知っているだろう。
では、1歳までの腸内細菌はどのような変遷をたどるのだろう?
1歳までの赤ちゃんを対象とした大規模なコホート研究はまだまだ少ない。
それでも、上述したスウェーデンの研究成果や中国の研究(6)を中心に、赤ちゃんと腸内細菌の共生模様が少しずつ明らかになってきている。
腸内細菌の顔ぶれ
生まれてすぐの赤ちゃんの腸に棲む細菌たちは、通性嫌気性菌と呼ばれる菌たちが主要メンバーとなる。
エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)、スタフィロコッカス(Staphylococcus)、ストレプトコッカス(Streptococcus)などに代表されるこれらの菌たちは、酸素があってもなくても生きていける。
その後すぐに、ビフィズス菌、バクテロイデス、クロストリジウムなどの偏性嫌気性菌と呼ばれる菌たちが増えてくる。彼らは酸素があると生きていけないが、私たちヒトの大腸ではマジョリティだ。
つまり、おそらくこういうことが言える。
生まれたての赤ちゃんは、大人のように大腸が強い嫌気的環境ではない。
そこで、酸素があっても生きていける菌たちが酸素を消費し、大腸を嫌気的環境に向かわせ、その後に増えるべき偏性嫌気性菌たちのための場所をつくる。
未熟な赤ちゃんの大腸があるべき姿になるために、腸内細菌たちが手伝ってくれているのだ。
多様性
赤ちゃん個人の腸内細菌の多様性(α多様性と呼ぶ)は、生まれてすぐがもっとも低く、1歳に向かうにつれて増加し続けていく。
赤ちゃんの成長を促し、病原菌から守るために最初は選ばれし菌たちだけが活躍し、その後の生活で段々と他の菌たちを迎え入れていくのだ。
菌たちが多様性を高めながら生態系をつくりあげていくさまは、柔軟で巧妙だ。初期に活躍する菌たちが次に棲みつく菌たちの環境を整え、ときには棲み着く菌を取捨選択していく。
そして、無事に生態系に含まれることになった菌たちは、別の菌の代謝物質などを利用しながら、相互に関連したネットワークを編み上げていくのだ。
一方で、ある赤ちゃんを他の赤ちゃんと比べたときの差の度合い(β多様性と呼ぶ)は、赤ちゃんの月齢が低いほど大きく、その個人差は月齢が上がるごとにだんだんと小さくなっていく。
ここから言えることは、赤ちゃんが共生する菌たちを獲得する初期のプロセスには、大きな個人差があるということだ。
このプロセスを左右する要因は、すでに見たような分娩方法や地域差に加え、あとの記事で見るように栄養源の差なども挙げられるだろう。
どんな菌たちがどのようなスピードで増えるのが理想的なのかはまだわかっていない。しかし、この初期の「個人差」が赤ちゃんの病気のかかりやすさや、その後の人生での疾患リスクにかかわっていそうだということが、少しずつ明らかになってきている。
菌たちは、赤ちゃんの発達において具体的に何をしているのだろう?
次の記事では、機能の観点から菌の働きを見てみよう。
本ブログ記事は、シンバイオシス株式会社微生物事業部の研究員がnoteにて作成した記事を一部変更しております。
元の投稿はこちらでご覧いただけます。
記事タイトル:赤ちゃんとマイクロバイオーム “First 1000 Days”(最初の1000日)の重み
記事リンク:https://note.com/symbiosis17/n/na6a44e2c9bfa